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イズカサゴという魚がいる。
普段は水深50m〜数百mという深い場所に棲み、ダイバーが目にすることはほとんどない魚だ。
水温が冷たい時期になると、浅いところ――と言っても20mは超えるのだけど――へ上がってくることがあるようだ。
「何年ぶりに見たんだろう、イズカサゴ。しかし、まったく動かなかったねぇ」
そう言うと、一緒に潜っていたS君が、
「えー、そんなのいましたっけ?」
と返してきた。
30㎝はあろうかという魚だし、しっかり写真も撮っていたから見逃しているはずはないよなぁ……と思っていると、S君がカメラの画像を再生し始めた。
「あ、これこれ。これがイズカサゴだよ」
そう教えてあげると、
「え? これですか? これ、オニカサゴじゃないんですか?」
と言う。
見分けがつかないほど似ている、というわけではないけれど、間違えることはあるよな、と思いながら、オニカサゴの画像を見せて、「ほら、これがオニカサゴだよ」と説明したのだけど、いまいち腑に落ちていない様子で、キツネにつままれたような顔をしている。
結局のところ、S君は「釣り人」だった。
釣りの世界では、イズカサゴのことをオニカサゴと呼ぶらしい。
ネットで「オニカサゴ」と検索すると、「美味しい」「高級」「いかつい顔」といった言葉が並ぶ。
開いてみると、そのほとんどがイズカサゴを扱ったサイトで、オニカサゴが出てくるのは、ウェブ図鑑系のサイトくらいしかない。
さらには、「オニカサゴは実はイズカサゴだった」という題名まで出てくる。
オニカサゴの調理法を紹介するサイトも、オニカサゴと言い切ったまま、登場するのはイズカサゴだ。
思った以上に広範囲で、迷いなく「イズカサゴ=オニカサゴ」という認識が使われている。
S君は間違ってはいなかった。
そもそも「標準和名」というものは、明治以降の近代になって整理され始めたものだ。
ネット通販もクール便もなかった時代、いつも取引のあるコミュニティの中で通じていれば、名前の問題はなかったのだろう。
実物と図鑑をにらめっこするほうが、むしろ少し特殊なのかもしれないし、
「ところ変われば……」で、地域ごとに名前や価値が変わっているほうが、面白い気もする。まぁ、最終的には、学名で区別すれば被ることはないし。
江戸時代に書かれた『魚鑑』には「かさご」の項があり、
「俗に、あんぽんたんと言う」
とある。
カサゴのことをアンポンタンと呼ぶ地域は、今もあるのだろうか。
「アンポンタン大量発生」
「アンポンタンの煮付け」
なんて書いてあったら、ちょっとかわいらしい。

