![]() |
| ↑クリックでyoutube版視聴 |
夜中に「ザッ、ザッ、ザッ」と、家の前を軍隊が通るような音がする。
知らない人が聞いたら「えっ、何?」と驚きそうだが、本当に軍隊が通るはずもない。
正体は、釣り人が履くスパイク付き長靴の音だ。
すぐそばは岩の海岸――というより、ほとんど崖なのだが、釣り人には有名な場所らしい。
本格的な冬を迎える頃になると、夜の海は、まるで蛍が舞うように美しくなる。
電気で光る“浮き”が水面で揺れ、ピューッと跳ね上がったかと思うと、ビューンと沖へ走る。
どうやら、ヤリイカ釣りらしい。
ダイバーにとって、ヤリイカはなかなか出会えない生き物だ。
ふだんは水深100mほどの深場に生息し、産卵のために岸へ寄るのは真冬の夜だという。
これでは、まず出会わない。
その昔、先輩たちから、産卵に来るヤリイカを撮影するため、真冬の海でひたすら待ち続けたという話を何度も聞かされた。
真夜中の海中で待機し続け、トイレはもちろん我慢。
いざ「ヤリイカが来た!」となったときに限って、ライトを持った誰々がいなかった――そんな話もあった。
今のように快適に潜れる装備がなかった時代の、まさに気合と根性の世界である。
あまりに繰り返し聞かされるうちに、他の武勇伝と混ざり、いつしか自分の中では
「ヤリイカ=根性」になっていた。
ところが最近、定置網の中に潜れる機会を得て、思いがけず普通に出会うことができた。
初めて見る生きたヤリイカは、鮮魚店で見るよりも、ずっと“槍”らしい。
細く、鋭く、まさに名前のとおりの姿だ。
少し小ぶりで、ふっくらとした雌の個体を見るのも初めてだった。
前回は、生きたクロシビカマス(伊東でいうヤッパタ)の美しさに驚かされたし、さすが定置網、すばらしい。
夜中のスパイクの音を聞いて、先輩たちの武勇伝を思い出していたけど、いともあっさり呪縛から解放されてしまった。
なんかちょっとズルをしているような気もするが――まあ、気にしないことにしよう。


0 件のコメント:
コメントを投稿