ナマコという動物は動きらしきものが見られない。ただただ海底にいるだけの雰囲気がある。実際は触手を使って海底の何かしらを体内に取り込み、栄養を吸収して糞をしているのだけど、動きがゆっくりなもので物体扱いされがちだ。
栄養と言っても、海中に漂う魚の糞だったり腐った海藻や何かの粘液であったり、デトリタスと呼ばれる有機物だ。食べ方は色々で、触手を広げて漂うデトリタスをキャッチしたり、岩の上や砂に降り注いだものを食べる。選んで口に運ぶ訳ではなく、目の前にある砂なら砂ごと取り込む。 一心不乱に食べて、有機物を摂取した後の物を糞として出すわけだから。ナマコの糞というのは食べる前よりも浄化されたものが出ていることになる。
「ナマコが世界を救っている」という人もいるくらいだけど、世界中のナマコが一斉にデトリタスの接種をやめてしまうと、海の世界は変わるのかもしれない…
しかもだ、ナマコには脳が無い。心臓も無い。あろうことか、敵に襲われると内臓を全放出して差し出して満足させるという荒技を繰り出す者もいるのだが、放出した内臓は再生される。脳が無いわけだから「仕方がねぇな、内臓でも食っとけよ」みたいな思考は無く、システムになっているのだろうが、それがさらにミステリアスな雰囲気を醸し出す。
生殖行動はナマコのミステリアスが爆発する瞬間だ。
動きが無さ過ぎて物体扱いだったナマコが、激しく動き、首を持ち上げ、精子や卵を海中に放出する。それも辺り一帯のナマコが一斉に。
ヘビなどが頭を上げるさまを「鎌首をもたげる」というが、そそり立つという言葉の方が合うかもしれない。
2022年は3月29日の午後に放卵と放精が見られた。年に数回の放精抱卵があるようだけど、そのうちの1回だ。人間が海の中に潜っていられるのは限られた時間だし、海は広いので見られるのは貴重な機会だ。
この時見られたメスの放卵は1固体。その周辺で複数のオスのマナマコが放精していた。圧倒的にメスの割合が少なく。放精を確認して周囲を探索しても、メスの放卵個体を見つけられないということがほとんどだ。とにかくメスの放卵に出会うのは貴重。
メスがそそり立って放卵するのに比べると、オスの放精はそそり立ち度がイマイチ。どうもこれはホルモンの関係らしい。ナマコを研究する知人曰く「水槽内で人為的に放精抱卵を促すとビンビンにそそり立って首を振る」という。なので誘発ホルモンの関係だろう。目も鼻も、脳さえもないナマコが一斉に散乱するのはホルモンの刺激なんだね。
この時のオスにはやや弱かったかもしれないホルモンを「クビフリン」というらしい。
首振りン。世界共通ホルモン名なのかな?
ただ海底にいるだけのように見えるナマコは、実は素晴らしい生存システムで何千万年も生活している。高度な文明や文化は。ありすぎると余計なものなのかもしれないな・・・